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矢野恒太【やの・つねた】日本初の相互会社第一生命保険創業者

更新日: 2010-01-23 

矢野 恒太【やの・つねた】


【肩書き】日本初の相互会社第一生命保険創業者
【生年月日】1866年12月2日
【没年月日】1951年9月23日
【出身地】岡山県上道郡角山村(現岡山市)
【学歴】1889(明治22)年第三高等中学校医科(現岡山大学)卒業
【経歴】
上道郡角山村(現岡山市)に生まれる。 日本生命保険会社に入社して診察医となった後、共済生命設立に参加、同社総支配役に就任。のち農務省に出仕、「保険業法」制定の草案委員となり、また同省初代保険課長に就任。1902年(明治35)わが国最初の相互会社第一生命を創立、以後専務取締役、社長、会長を歴任した。この間、東横、目蒲両電鉄社長、第一相互貯蓄銀行頭取、生命保険協会理事などの要職も兼任した。また「日本国勢図会」「国民数表」などを刊行、統計知識の普及、農民教育の刷新などにも尽力した。
【年表】
1866年1月18日(慶応元年12月2日)岡山県上道郡角山村(現岡山市)に生まれる
1889(明治22)年第三高等中学校医科(現岡山大学)卒業、日本生命保険に診断医として入社
1892(明治25)年日本生命保険退社
1894(明治27)年安田善次郎(安田財閥の祖)の共済生命保険(現明治安田生命保険)設立に協力、支配人就任
1897(明治30)年共済生命保険退社
1897(明治30)年農商務省の嘱託として保険業法の起草に参画、農商務省入省、保険課長就任
1901(明治34)年農商務省退官
1902(明治35)年9月15日日本初の(相)形式により第一生命保険(相)設立、専務就任
1915(大正4)年第一生命保険社長就任
1922(大正11)年第一相互貯蓄銀行(現りそな銀行)設立、頭取就任
1923(大正12)年生命保険会社協会理事会会長就任
1924(大正13)年東京横浜電鉄(現東京急行電鉄)社長就任
1938(昭和13)年第一生命保険会長就任
1946(昭和21)年第一生命保険会長退任
1951(昭和26)年9月23日死去、85歳



キーワード:【や】[岡山県][1860代生][1950代没][1866][12-02]

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