企業家人物辞典 >> 経済傑物列伝 >> 偉人データ
 
 
 
松田恒次【まつだ・つねじ】「ロータリーのマツダ」生む、東洋工業社長

更新日: 2007-08-20 

松田 恒次【まつだ・つねじ】


【肩書き】「ロータリーのマツダ」生む、東洋工業社長
【生年月日】1895年11月24日
【没年月日】1970年11月15日
【出身地】大阪府大阪市
【学歴】1915(大正4)年大阪市立工業学校機械科卒業
【年表】
1895(明治28)年11月24日父・重次郎、母・千代の長男として大阪府大阪市天満橋筋に生まれる
1915(大正4)年大阪市立工業学校機械科卒業
陸軍宇治火薬製造所に就職するがまもなく退職し父のポンプ工場を手伝う
1918(大正7)年結核性関節炎で左足切断
1919(大正8)年弟・宗彌と父の工場の製品など販売する会社設立。その後電気医療機器メーカーを友人と設立
1927(昭和2)年7月東洋コルク工業(現マツダ梶A父・松田重次郎が1920年1月設立)入社、工務係配属
1927(昭和2)年9月東洋工業(現マツダ)に社名変更
1931(昭和6)年10月父を説得して三輪トラックの生産開始
1938(昭和13)年8月取締役に就任
1943(昭和18)年12月専務取締役に就任
1945(昭和20)年原爆で弟・宗彌死去
1947(昭和22)年9月世襲批判の声に嫌気し東洋工業鰍退社
1948(昭和23)年松田精密工作所を設立しボールペンのボールなど生産
1949(昭和24)年5月東京、大阪、名古屋の各証券取引所に株式を上場
1950(昭和25)年7月父の要請で東洋工業鰍ノ再入社、取締役に就任、2カ月後専務
1951(昭和26)年12月代表取締役社長に就任
1956(昭和31)年1月広島カープ取締役に就任
1956(昭和31)年7月日本小型自動車工業会経営者懇談会座長に就任
1958(昭和33)年4月小型四輪トラックを発売
1960(昭和35)年5月軽乗用車を発売
1960(昭和35)年10月日本国有鉄道中国支社評議員に就任
1961(昭和36)年5月藍綬褒章を受章
1962(昭和37)年6月経済団体連合会理事に就任
1962(昭和37)年広島東洋カープ代表取締役社長に就任
1963(昭和38)年9月日本放送協会経営委員会委員に就任
1964(昭和39)年4月小型乗用車を発売
1966(昭和41)年5月経済団体連合会常任理事に就任
1966(昭和41)年病室や自宅で療養しながら経営指揮始まる、週1度出社
1967(昭和42)年4月日本自動車工業会理事に就任
1967(昭和42)年5月世界初のロータリーエンジン搭載車コスモスポーツを発売
1967(昭和42)年12月広島東洋カープ代表取締役社長に就任
1968(昭和43)年11月勲二等瑞宝章受章
1970(昭和45)年米フォードと提携交渉本格化(昭和54年11月資本提携)
1970(昭和45)年11月15日逝去、享年74
1970(昭和45)年11月正四位勲二等重光章を追受



キーワード:【ま】[大阪府][大阪市立大学][1890代生][1970代没][1895][11-24]

参考文献検索

[前頁]  [目次]  [次頁]