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平岩外四【ひらい・わがいし】東京電力会長、経団連第7代会長

更新日: 2007-05-23 

平岩 外四【ひらい・わがいし】


【肩書き】東京電力会長、経団連第7代会長
【生年月日】1914年8月31日
【没年月日】2007年5月22日
【出身地】愛知県常滑市
【学歴】旧制中学、八高を経て
1939(昭和14)年東京帝国大学(現東京大学)法学部卒業
【経歴】
1914(大正3)年8月31日愛知県常滑市に生まれる。6歳のとき父親を亡くし雑貨商を営んでいた母親に育てられる。旧制中学、八高、東京大学法学部へと進む。1939(昭和14)年に卒業と同時に東京電灯(現・東京電力)に入社。しかし1941(昭和16)年に召集、太平洋戦争の末期、ニューギニア戦線でジャングルを敗走、飢えと熱病のため、107名の戦友のうち生存者7名という体験をする。終戦後、復職。本社総務部秘書課時代に東京電力、中興の祖・木川田一隆氏の目にとまり、労務部給与課基準係長をへて1955(昭和30)年総務課長就任以来木川田氏に徹底的に鍛えられる。1964(昭和39)年総務部長、1968(昭和43)年54歳で取締役、1971(昭和46)年常務、1974(昭和49)年末席常務から一足飛びに副社長、1976(昭和51)年10月東京電力社長就任。1984(昭和59)年6月会長就任。1978(昭和53)年経団連副会長に就任。1990(平成2)年経団連会長に就任。無類の読書家で蔵書は3万冊に迫る。エネルギー問題の泰斗てきな存在。
【年表】
1914(大正3)年8月31日愛知県常滑市生まれ
旧制中学、八高を経て
1939(昭和14)年東京帝国大学(現東京大学)法学部卒業
1939(昭和14)年東京電灯(現・東京電力)入社
1941(昭和16)年太平洋戦争で陸軍に召集される
終戦後復職
労務部給与課基準係長を経て
1955(昭和30)年総務課長
1964(昭和39)年総務部長
1968(昭和43)年取締役
1971(昭和46)年常務
1974(昭和49)年副社長
1976(昭和51)年10月社長
1984(昭和59)年6月会長
1978(昭和53)年経団連副会長
1990(平成2)年第7代経団連会長
1993(平成5)年東京電力相談役
2002(平成14)年顧問
2007(平成19)年5月22日午前10時56分、心不全のため死去、享年92



キーワード:【ひ】[愛知県][東京大学][1910代生][2000代没][1914][08-31]

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