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桜田武【さくらだ・たけし】救国の志士、憂国の士、日清紡績社長・会長、日経連会長

更新日: 2007-08-29 

桜田 武【さくらだ・たけし】


【肩書き】救国の志士、憂国の士、日清紡績社長・会長、日経連会長
【生年月日】1904年3月17日
【没年月日】1985年4月29日
【出身地】広島県沼隈郡赤坂村(現、福山市赤坂町)
【学歴】1926(昭和1)年東京帝国大学法学部卒業
【経歴】
1904年(明治37)3月、広島県沼隈(ぬまくま)郡赤坂村(現、福山市)に生まれた。26年(昭和元)に東京帝国大学法学部を卒業、日清紡績に入社した。宮島清次郎社長から経営指南をうけ、45年に41歳の若さで社長に就任し、業界屈指の高収益企業へと発展させた。財界活動第2次世界大戦後は、財界活動で頭角をあらわした。1948年に日経連が創設されると総理事となり、60年には同代表常任理事に就任した。池田内閣当時には、小林中、水野成夫、永野重雄とともに「財界四天王」のひとりにかぞえられ、政界にも影響力をおよぼした。一方、日清紡では、64年に会長にしりぞき、70年には相談役へと身をひいた。1974年に代表常任理事制から会長制にかわった日経連の会長に就任。79年に日経連の会長をしりぞいて名誉会長となった。
【年表】
1904(明治37)年広島県で地主の長男として生まれる
1926(昭和元)年東京帝国大学法学部卒、日清紡績に入社
1939(昭和14)年臨時召集、42年まで中国戦線などを転戦
1942(昭和17)年日清紡営業部次長(東京駐在)
1943(昭和18)年同常務企画部長兼営業部次長
1944(昭和19)年同専務
1945(昭和20)年41歳の若さで、同社長に
1946(昭和21)年経済同友会幹事
1947(昭和22)年経団連常任委員
1948(昭和23)年日経連副議長
1960(昭和35)年日経連代表常任理事(74年に規約改正で会長に)
1964(昭和39)年日清紡社長退任、会長に就任
1969(昭和44)年東邦レーヨン会長
1970(昭和45)年日清紡会長退任、相談役就任
1979(昭和54)年日経連会長退任、名誉会長に
1980(昭和55)年帝人相談役
1981(昭和56)年福山市名誉市民。東邦レーヨン会長を退任し、相談役に
1985(昭和60)年4月29日に逝去。享年81



キーワード:【さ】[広島県][東京大学][1900代生][1980代没][1904][03-17]

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