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日経ビジネス人文庫 外資と生きる―IBMとの半世紀私の履歴書

更新日: 0000-00-00 


外資と生きる―IBMとの半世紀私の履歴書


(がいしといきるがいしとききるIBMとのはんせいきわたくしのりれきしょにっけいびじねすじんぶんこ)
日経ビジネス人文庫
外資と生きる―IBMとの半世紀私の履歴書


ISBN:453219086X
207p 15cm(A6)
日本経済新聞社 (2001-10-01出版)

椎名武雄【著】
[文庫 判] NDC分類:289.1 販売価:\552(税別)
戦後まもなく外資100%企業・日本IBMに身を投じ、「外資イコール悪」という日本社会の偏見や反発を乗り越えて、同社を1兆円企業に育て上げた椎門武雄。
「グローバル経営の指南役」と呼ばれる注目の経営者が、半世紀にわたる激動のIBM人生を語る。
<内容>
日本IBMを1兆円企業に育て上げ、現在では「グローバル経営の指南役」として活躍中の名経営者が、外資系企業に対する日本人の偏見・反発との闘いや、米本社との軋轢など、半世紀に及ぶ激動のIBM人生を語る。

<目次>
はじめに
1 椎名家三代
2 岐阜で東京の生活を送る
3 上京、そして終戦
4 アメリカへの留学
5 二つの縁あってIBMへ入社
6 帰国し、徹底した現地化を実践
7 生意気盛りの南糀谷工場時代
8 工場長就任、米本社との戦いの始まり
9 取締役就任とコンピューター時代の幕開け
10 通産省との衝突
11 花形部門の営業
12 十年がかりで日本の新聞システムを開発
13 四十代で社長に就任
14 国産機メーカーの攻勢を受け、眠れぬ日々
15 日本化路線を突き進む
16 独自価格の導入をめぐって本社と激闘
17 外資だからできたのではない
18 産業スパイ事件
19 ソフトウエアの著作権紛争
20 二ケタ成長、晴れて一兆円企業に
21 外資らしくなさの誇り
22 手探りでパソコン市場に進出
23 小型化への対応が遅れ、業績悪化
24 社長を退く
25 財界活動と師・盛田昭夫氏のこと
26 規制緩和のために奔走
27 ITの衝撃
28 最高顧問、社外取締役としての仕事
29 二つの日本
おわりに

付録:略年譜
椎名武雄[しいなたけお]
1929年、岐阜県関市生まれ。慶応大学工学部を卒業後、米バックネル大学へ留学。53年、日本IBM入社。1975年、40歳代半ばの若さで社長に就任。同社を1兆円企業に育て、「日本IBM中興の祖」と言われる。93年会長、99年最高顧問に就任。経団連社会貢献推進委員会委員長、経済同友会副代表幹事、IT戦略会議メンバーなど多方面で活躍。また、数々の企業でいち早く社外取締役をつとめるなど、「グローバル経営の指南役」としても知られている。

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